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2017年02月12日

一人でグルメ

人よりよく食って、酒は飲まない俺は、結構外食とか好きだった。
自分で作って食べるのも好きだが、外で食べるのはまた違う意味合いで好んでいた。
片付けとか考えなくていいことも、外食の魅力だ。
なにより、食べることに集中できる。
食べることは、俺にとっては、なによりも豊かな証明とも言えた。

小中学生の頃からよく外で飯を食うことがあった。
理由としては、親が作る以外のものを食えるからだ。

一方で、自分で食べるために作ることは好きだが、人に作ってやることについてはそうでもなかった。
せいぜい、材料が限定されてる時くらいにしか楽しめていなかった。

他人に作ったものでよく覚えているのは、
・ケチャップと玉ねぎを使わないミートソース(この時はブルドックソースとキャベツを使っている)
・鮭のいくらソースがけ(あまったイクラの醤油漬けをどうするか悩んだ結果)
くらいだ。
その他、他人に作ったわけではないが、上手く行ったので食わせたがったものは牡蠣ご飯か。
これは俺が最初にして最後に、レシピにやたら忠実に作った料理だった気がする。
基本的に俺はレシピ見ないので(今でもクックパッドとかよく見るけど、材料と調理の順番の参考にしてるだけだし)。


そういうことで、個人の趣味も兼ねるため、自分用の料理は実験に近く、本当に食べるだけという心地よさを求めて外食する。

他人に作ってもらった料理を食べる行為は、色々と意味が生じる。
たとえそれが、サイゼリヤのものだとしてもだ。
サイゼリヤのメニューは基本的に元来言われるような厨房での調理らしい調理はしないように作られてる。
しかし、それで結果が出せているのであれば、そこには調理過程が確かに存在するし、それは店の厨房からテーブルに出されるまではいわゆる手抜きであっても、原材料から厨房までに至るには、様々な調理の過程が存在するはずだ。

そしてもちろん、厨房での調理を行う店であれば、原材料からの結果として、同じように料理がテーブルに出される。

これは、結果が出ていればどうでも良い、という話ではない。
店の、結果を出す方法としての過程が、今食べようとする自分との対話につながるという話だ。
食べるという行為は、今ここに出された、変化した原材料を口にする、という物理的要素だけではない。
原材料を、どう変化させたのか、そこにその店の存在意義があるのだ。
俺は、そこに金を出して、飯を食っている。

これが、外食だ。

ただ腹を満たすだけなら、俺は原材料をそのまま食うことだってする。
実は普段から刺し身に醤油をつけないし、とんかつには何もかけずにそのまま食べるなど、既存の調味料で召し上がれという料理については、基本的に使わずに食べる。
なぜなら、すでにできた料理に対し、自分で既存の過程を作るくらいなら、別に不要だからだ。
まあ、塩分が多分に不要という点もあるが。

しかし、それが店が下した結論として、予め醤油なりなんなりがかかっていたら、それはそのまま食べるだろう。
それが店の調理の過程だからだ。
それをかけなければ、その店の意義は失われるのだろう。
だったら俺はそれを拒否することはできない。

ただしブロッコリー、お前はダメだ。

俺は、金を払って飯を食う場合は、ただ食い物を食うのではなく、その店を食うのだ。
だったら、店の決め事には従うのが、外食をする者の態度というものだろう。
それで気に食わなきゃ、店を出ればいいからな。

しかし、飯をいざ食い始めた時は、俺は自由になる。
ここで邪魔するものは許されない。
一人で、身勝手に、飯を食わせてもらう。
他人と食う時とは、全く違うのが、一人で飯を食う世界だ。
他人と飯を食えない人間は社会性で苦労するだろうが、一人で飯を食えない人間は食べることに対して豊かさを享受できないだろう。


そんな外食でよく覚えているのは…記憶にあるのはハドソン時代以降のランチばっかだな…学生時代は他人と一緒が多い。
書こうと思ったけど、よく考えたら気になったのはブログに書いてあるわ多分。
それ以前のは…小学生のときに清田のダイエーで食った、今考えるとレトルトな、フードコートのカレーくらいか?
はし膳とかルーシーのみよしのとか、他人も一緒だったしなあ。
大学~このブログ書く前って度を越した貧乏でロクな外食してなかった気がする。
中学~高校だと一人で食うことほとんどなかったし。


ともかく。

俺は多分、死ぬほど貧乏になるか、死ぬまで一人で外食は続けると思う。
たとえ家族が出来ても、一人で食べる時間は確保するだろう。
気がしれた者との食事もそうだが、一人で美味しく食べることも、自分にとっては救いとも言えるからだ。

孤独も愛するには、独りで静かに、飯を食うことに喜びを感じることが重要なのかもしれない。
だから俺は、ずっと一人でもグルメでいたいと思っている。


一人でグルメについてはこれで終わり。

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Posted by keel at 01:42│Comments(0)食べ物雑記
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