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2017年11月13日

あておに(当て鬼)

「メクラオニ」「サガシオニ」などといって、「目隠し鬼」の別名であるが、古くは「メナシドチ」「メンナイチドリ」といっていた。その遊び方は、集ったものの中から、一人が鬼となって手拭い或いは布で目を覆い、他のものは子といって皆逃げ手となる。捕らえよう捕らえられまいとして右往左往とする間に、巧みに子を捕えた鬼は、頭、顔、衣類その他を撫で回して、その誰であるかを言い当てるのである。捕えられた者が知られまいとして、口をきかないことはいうまでもない。こうして言い当てれば、鬼はその子と代わるが、もし不首尾に終わった場合には、幾度でも鬼を続ける。また別の方法としては、逃げ手が「鬼さんこっち手の鳴る方へ。」と手なぞを叩いて、自分の存在・位置を教え、鬼が近くまで来ればまた逃げて同様のことを繰り返す。第百二十一代孝明天皇の嘉永六年(二五一三)、喜多川守貞著、『守貞漫稿』は「目なしどち、軒の雀と云るは、小皃を裏み打ち群れ遊ぶ様目の無き雀の如しと云うこと。めんないちどりも目のなき千鳥也。千鳥もスズメもうち群れて遊ぶ者也。」といっている。
相当古い時代から行われていたもので、『漢書』の致處雑爼に、「玄宗興玉真恒于皎月之下以錦怕裏目在方丈間互相捉戯。玉真捉上、毎易。而玉真輕捻上毎失之、謂之捉迷蔵。」とあり、「目隠し」は唐の玄宗皇帝と寵姫玉真とによって、その端を発したように傅へられているが、こういう遊びは、唐から渡来したものでもなく、わが国にも誰するとなく行われたしたものと考えられる。第八十七代四條天皇の御代に、權太夫信實が書いた「今物語」にも、「ひじりの屋をば、めかくしにふけといわせて、くるまをはやく、やらせけるに。」とあり、「目隠し」という言葉がすでに用いられている。第九十九代後龜山天皇の御代に刊行されたと傅へられるお伽草紙の『福富雙子』に、「道すがら目なしどち軒の雀遊ぶ童の手さし指さして笑う。」とあり、また同時代の『酒食論』という書物にも、「よろずの祀ひ遊びにも酒の無きは興もなし。呪師品玉のくるい迄、酒を飲まねばしらけたり。相撲、目隠し、力持ちひだるくなりては甲斐もなし。」と記されている。この時代は子どもばかりでなく、酒宴の余興などにも行われたものと見えるが、第百三代後土御門天皇の文明六年(二一三四)八十一歳の高齢で大徳寺の住職となった一休禪師の『水鏡』という書にも、「目なしどち目なしどち聲に付てましませ。」とあり、すでにこの当時遊びごととされていた。しかもこの遊びが第百二十代仁光天皇の天保二年(二四九一)の夏、始めて市村座で興行された『忠臣蔵』七段目、一力茶屋の場に現在演じられているとおり、大星由良之助が目隠し姿で酔歩蹣跚、「由良鬼はまたいな、めんないちどり、手の鳴る方へ。」と大勢の者に囃されながら出てくるところなどを見れば当時も盛んに行われていたことが裏書される。

※足相撲は省略


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