おうぎきり(扇切)

keel

2017年11月17日 22:34

此の遊びは、遊戯というより一種の武芸と言ったほうが良い。勿論武人の間にのみ行われたものであって、その方法は明瞭でないが、一説によると、まず扇を刀の柄の上に立てて、その扇が地上なり、床上なりに落ちない内に、早く刀を抜いて扇を切るものだと言われている。作者・年代共に明らかでないが、武田一家のことを記述した『甲陽軍鑑』十六に、「武田信勝十一歳の時、小姓友野一郎と日向傅次と扇切いたせと御意の時、又一郎は腰にさしたる扇をぬく。傅次は手に持ちたる扇を腰にして指をたてて、向かう時、信勝はや見えたるぞ、おけ、扇切に傅次は勝たりと心の逸物なるをほめ給う。」とあり、これについて喜多村信節は、『嬉遊笑覧』に、「いあい抜が扇を空に投て地に落さず抜打にきる事をする、是もそのたぐいとみゆれど指立てて向かうとなれば、扇を投付などするを指にて撃ち落とすわざにや」といっている。第百九代明正天皇の寛永十年(二二九三)刊行の「誹諧発句集」に、「骨折て勝まけはなに扇切―宗富。」という一句がある。その方法は別として、天正以前から武人の間に行われていたものと考えてもよかろう。

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